| 4. 考察 |
| 本研究の目的は,重要な試合前に長距離走者が遭遇するストレッサー,ストレッサーへの対処方略,およびストレス反応について実力発揮度による差異を明らかにすることである.特に,Sarasonのテスト不安理論20,21)に基づき,ストレッサーの否定的な評価と,対処方略の誤用あるいは対処努力の不足が生じることで,悪性ストレス反応を増加した結果が,実力発揮の低下と関連するのではないかと予想した.この点について以下に考察する. 1. 試合前に遭遇するストレッサーとその評価 大学男子長距離走者が試合前に遭遇すストレッサーについて,全調査対象者において高い評定値が認められたのは,心身の体調,練習,試合の3因子であり,試合での遂行成績に直接的に関わるストレッサーをより高い頻度で経験し,また嫌悪感を伴った評価をしていた.実力発揮度による差異が認められた因子は,試合,練習,周囲の期待であり,実力発揮度の低群が高群と比して高い評定を示し,とくに練習と周囲の期待の両因子における差は顕著であった. 上記のストレッサーの結果を考察すると,実力発揮の低下には,まず練習消化状況が当初の期待に及ばず,試合での遂行およびその成績結果に不確実さを感じることで強いストレッサーとなっていた.同時に,成績結果について自己評価以上に重要な他者(指導者や同僚)による評価を懸念することが嫌悪感を伴う悪性ストレスと評価されていた.つまり,実力発揮度の低い者においては,試合に臨んで自己の能力を肯定的に評価することなく,周囲の期待に応えようとること,あるいは現状の能力と矛盾する理想目標に固執することが,逆に競技者にプレッシャーという悪性ストレスとなり負荷していた,と推察される. 2. 試合前のストレスへの対処方略 調査対象者全体において高い評定値が認められた対処方略因子は,肯定的評価型,対決型,自己コントロール型,計画型,社会的支援希求型であった.実力発揮度による差異が認められた因子は,逃避型および離隔型であり,実力発揮の低群が高群に比して高い評定を示した. 以上の結果を考察すると,実力発揮度の低い者は,試合および練習に強いストレッサーを抱えた状況で試合に臨み,その問題解決に積極的に対処することなく,逃避あるいは離隔という回避的な対処反応をとっていた.試合での実力発揮は行動目標が明確であり,問題解決型の対処が有効である7) にも関わらず,本研究では一時的な情緒安定を図るに過ぎない対処行動が取られていた.課題に無関連な対処に労力を費やす結果,実力発揮に関連した対処を怠ることで失敗可能性を高めた.つまり,実力発揮低群は,不満足な練習消化状況にストレスを抱え,そこで現状に見合った能力を発揮できるように,目標記録の修正やレース戦略を調整するよう対処すべきであった.しかし,問題解決から回避した対処行動をとった結果,課題遂行成績が低下したと推察される.一般的に,テスト不安の高い者は,ストレスに対して逃避的になり,課題遂行と無関連な不適応反応をする傾向が増すことで作業成績が妨害される5)と言われ,本結果においてもテスト不安の妨害反応と類似した傾向が認められた. 3. 試合前のストレス反応 調査対象全体において高い評定値が認められたストレス反応因子は,不安,認知的混乱,身体的疲労感,抑うつ,怒りであった.ストレス反応の全ての下位因子において,実力発揮度の低群は高群と比して高い評定値を示した. 実力発揮の低群は強いストレス反応を抱えたまま試合に臨んでいた.上述の通りその背景として,不満足な練習消化状況と試合成績への不確かさ,またその周囲の評価への懸念が強いストレッサーを抱えていたにも関わらず,現状の能力に適応的な対処が取られず,問題回避的な対処行動に向かったことが挙げられる.テスト不安は,自己疑念,無能感,自己非難といった認知反応に特徴づけられる5).つまり,現状の実力と理想目標あるいは周囲の期待とのズレに葛藤するというストレッサーを抱え,さらに試合に臨んだ自らの状況を脅威かつ統制不能と認知的に評価することで,不安,疲労感,認知的混乱,自信喪失というストレス反応を,実際以上に増幅させたと推察される.この増大したストレス反応が,実力発揮を導く適応的な状況判断,あるいは能力に応じた走行戦略に何らかの妨害的影響を及ぼしたと考えられる. |