| 1. 緒 言 |
| 長距離走は比較的高い運動強度で長時間持続する課題特性を有するため,走行中ならびに走行前には高いストレスを競技者に与える.走行中の運動強度を始めとする生理的・物理的ストレスに加え,課題遂行には心理社会的ストレスも伴う.この心理的ストレスへの対処の如何は遂行成績の優劣にも多大な影響を及ぼすことから,長距離走者が遭遇するストレッサーとその認知的評価,およびストレス反応について大きな関心が寄せられる. 運動競技選手の心理的ストレスに関する研究では,主にLazarusとFolkmanの提案するストレス学説7,注1)が援用され,例えば長距離選手8),一流フィギアスケート選手3,4,23-25),高校・大学競技者15,22),体育授業場面の中学生22)を対象者として検討がなされてきた.先行研究で見出された主要なストレッサー(stressor) をまとめると,試合情況と試合結果,練習とその消化内容,周囲(指導者,仲間,家族)の評価,試合前の心身の調子,対人関係,および競技生活(時間的・経済的制約)が挙げられた.こうしたストレッサー因子への対処方略(coping strategies)として,合理的思考,積極的思考,ソーシャルサポート,時間管理と優先順位づけ,試合前の心理的準備,トレーニング計画の熟考,メディア・取材との関係に距離を置くこと,およびストレッサー無視,が見出された3,4).一般的に7),対処すべきストレッサー因子が練習計画や試合の事前の戦略・戦術のように自己の能力範囲で統制可能である場合は,問題解決型の対処方略が自信を高め,遂行成績の促進に有効である.これに対して,不慮の事態や予想外の失敗といった統制不可能な場合は,情動中心あるいは回避型の対処方略の方がストレス反応低減に有効であると言われる.しかし,実際のコーチング場面での選手理解には,試合に臨んだ競技者の抱く心理ストレス因子の詳細と,各ストレス因子の実力発揮への影響を解明することが不可欠であるが,これまでの研究では各要因の特徴に関する記述に止まり,試合情況におけるストレッサー,認知的評価,ストレス反応,および実力発揮の関連性を報告した研究は数少ない. ところで,試合情況においてはどのストレッサーに遭遇するか以上に,「特定のストレッサーをどのように認知的に評価したか」7)が個々人の水準では重要な意味を持つ.重要な試合における遂行成績の成否に自己および周囲の評価が随伴する.この成績への評価が過度の期待やプレッシャーとなるとき,遂行成績を阻害するときがある.つまり,試合等の課題達成が困難な事態において,課題成績に劣る者あるいはその遂行に支障がある者は,周囲(重要な他者)の評価に対する懸念が強いため,悪性ストレスすなわち「テスト不安」(test anxiety)20,注2)を生じると考えられる.テスト不安の特徴的な反応として,(1)情況を困難かつ脅威と感じる,(2)自分が無能だと感じる,(3)否定的な結果(失敗)を考える,(4)自己非難,無能感,疑念への認知反応が強く,それが課題に関連する認知反応を妨害する,(5)失敗に伴う周囲の期待・評価の低下を懸念する,が挙げられている.試合に臨んだ長距離走者の遭遇する心理的ストレスを理解するとき,このテスト不安理論の視点からストレッサー?認知的評価?ストレス反応の関連性を解明することは有意義であると考える. 従って,長距離走の重要な試合場面おいて,遂行成績の成否に強く周囲の評価が懸念される場合,試合自体に付随するストレッサーに対して否定的な認知的評価をする競技者は,悪性ストレス反応を増加させ,引いては課題関連の認知反応を妨害することにより,遂行成績の低下に陥りやすいと予想される.重要な試合に直面した競技者の抱えるストレッサーの内容,その認知的評価,およびストレス反応の概要を明らかにし,有効な対処法を見出すことは,コーチングに当たる指導者に有益な知見を与え,また選手個人の理解を深める手段となる意義を持つ. 本研究の目的は,1)重要な試合前に遭遇するストレッサーの内容とその認知的評価,対処方略,およびストレス反応における実力発揮度による差異を明らかにすること,また2)ストレス反応低減および実力発揮に対するストレス評価および対処方略の貢献度の差異を明らかにすること,である.さらに,本研究結果および先行研究の知見から,コーチング現場でのストレスマネジメントに対する提言を示すよう試みる. |