筑波大学革新的研究等支援プログラム(パイロットモデル)

人口減少・高齢化社会に立ち向かう持続可能な地域システムとソーシャルイノベーション-Smart Wellness Cityの実現を目指して‐


【背景】
今後20年において我が国は、どの国も経験したことのない高齢化・人口減社会が加速するため、経済の低迷による地域活力の低下、及び社会保障コストの増加は避けられず、これらを回避するための中長期的な国家戦略が必要である。国の政策として計画中の総合特区で示された優先課題として、持続可能な地域の総合的健康づくりシステムの必要性が明記された。しかし、大学が中核となって総合的かつ学際的に地域で実証研究し、それに基づく政策ビジョン化はこれまで見られない。

【準備状況】
本学内で3研究科6専攻の学際的な研究チームを組織し、すでに定期的な議論を進めている。また、平成21年度より本学が事務局として全国13の市(つくば市、新潟市など)の市長とSmart Wellness City首長研究会(SWC)を立ち上げ、この1年間で市長、内閣官房、総務省、国交省、厚労省、文科省、経産省及び研究者が参加する研究会を筑波大学共催の基に3回実施した。内閣官房、総務省、国交省と総合特区申請のワーキンググループも立ち上げ、応募準備を進行させている。

【研究内容】
以下の4課題を行う。1)地域において高齢者が健やかで幸せな生活を維持するための新しい都市のあり方、2)成果の出る健康施策立案&推進のための健康クラウドシステムのあり方、3)ナーバスな個人情報を取り扱う健康クラウドを自治体に展開するための認証制度設計。4)若手研究者育成システムの推進。

【期待される効果】
@政府の政策立案への貢献、A地域住民の健康度向上と自治体における地域力(ソーシャルキャピタル)の向上、B超高齢社会における社会インフラのあり方の明示、Cプログラム参加者の一人当たり医療費の抑制と自治体保険財政の軽減。D若手研究者の育成による本研究の継続的な発展

 


研究代表者

久野 譜也

人間総合科学研究科スポーツ医学専攻・教授

研究分担者

田辺 解

人間総合科学研究科スポーツ医学専攻・研究員

横山 典子

人間総合科学研究科スポーツ医学専攻・研究員

北川 博之

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・教授

天笠 俊之

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・准教授

川島 英之

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・講師

加藤 和彦

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・教授

品川 高廣

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・講師

杉木章義

システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻・助教

西尾 チヅル

ビジネス科学研究科経営システム科学専攻・教授

菊 幸一

人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻・教授

白田 佳子

ビジネス科学研究科国際経営プロフェッショナル専攻・教授

山田 秀

ビジネス科学研究科国際経営プロフェッショナル専攻・教授

平嶋 竜太

ビジネス科学研究科企業法学専攻・教授




【全体構想と本研究の目的】
 我が国が先進国の中で先頭を切って突入した超高齢化・人口減社会では、地域活力の低下及び社会保障コストの増加は避けられず、世代間扶養モデルである年金、医療、介護はいずれも持続性が低下することから、これらを回避するための中長期的な国家戦略が必要となる。この戦略の中核として、久野は運動を中心とした予防プログラムにより10万円(1名/年)の医療費抑制効果を示したことより、『地域を中核とした総合的健康づくり施策による健康寿命の引き上げにより対応可能である』との仮説が成立する。この健康づくり政策は、健康寿命を延長して社会保障費受給者/労働人口の伸びを抑制し、平均受給額を下げることができるため、自己負担を増やして受給額を維持していく政策よりも良いといえる。そこで本チームは、下記4つの課題解決のために23年度より政府の総合特区(地域活性化特区)に応募し、8自治体において大規模な社会実験を準備している。それゆえ、本プログラムは、この制度に応募するための準備研究に位置づけられる。

@個人にも自治体にも健康増進、医療・介護費の削減のインセンティブが弱いためモラルハザードが起きやすい。しかも地域の健康づくりは、少数の住民を対象に留まっており、しかも健康状態が良く、ヘルスリテラシーの高い住民の参加が中心となっている。

A地域の都市環境(道路、公共交通網、公園整備)やソーシャルキャピタルなど、健康に関わる要因をより良い方向に導くための総合的健康づくり施策のエビデンスが不十分であるため、地域にノウハウがないことに追い打ちをかけて、成果が出ないのが現状である。

B地域が住民の健康状態を継続的に把握し、有効な健康政策を展開しつつ、住民の健康確保及び医療費削減といった観点から政策の成果を適正に評価するためには、住民の健康に関する情報を集約化して一元的に管理する自治体主導型健康クラウド(EHR)の整備が必須であり、この取組により客観的な市民の健康状態を反映した政策展開が可能となる。

C
健康クラウドシステムは、健康増進のための社会システムやサービス化に関する基礎的な情報が提供されるが、基礎情報が提供されても望ましい「健康サービス」が提供できたり、普及されたりするわけではない。それゆえ、望ましい健康サービスが提供され、普及・拡大されるためには、1)あるべき健康サービスの姿、コンセプトの明確化、2)健康サービスの品質の標準化・規格化(サービスの再現性の確保と汎用化)、3)第三者機関による認証(質に対する信頼性の確保)が必要である。

【重要性・発展性・独創性・国内外の位置づけ】 
  高齢化・人口減の克服手段として、健康を中核に据えた地域活性化に関する研究は、世界を見てもほとんど着手されておらず、我が国がリードできる新しい独創的な研究分野である。また、総合特区では、単に社会科学的手法のみで政策化を行うのではなく、実際に8都市で大規模な自然科学及び社会科学を融合した社会実験を実施した上で、政策化することが特徴である。さらに、本プログラムは、これまで1年間に内閣官房、総務省、国土交通省などとの研究会を立ち上げ、一体的に総合特区申請に向けた準備を進めてきた。その成果として、内閣官房より示された総合特区において23年度に優先的に実施する項目に、本プログラムの内容がほぼそのまま位置づけられた。

【カバーする学問分野】
  本事業は本学の特徴を生かした学内横断的な協力体制(3研究科6専攻)の基、進められる。分野は予防医学、健康科学、健康政策(公衆衛生学)、スポーツ科学、社会学、心理学、都市工学、コンピューターサイエンス、マーケティング、経営学、サービス・サイエンス、データマイニング、知財、品質管理と多様で学際的である。

【期待される成果と波及効果】
  本テーマは全国自治体における共通な課題であるため、総合特区による社会実験に伴う解決策のモデル化は、国の政策として全国に普及される可能性が強い。またその経済的効果は、研究代表者のこれまでの医療費抑制効果から試算すると5兆円程度が見込まれる。さらに、ソーシャルビジネスとしての健康サービス産業によるGDP増や雇用増に貢献が期待される。そして、なにより、地域における高齢化・人口減社会の具体的な克服法(ヘルスリテラシーやソーシャルキャピタルの向上策など)が解明されることは、幸福度の高い健康な国民の増加と社会保障制度の維持に貢献可能となる。

【中期目標との関連】
  目標で「学際的な領域を積極的に開拓」とあるが、本事業は自然科学&社会科学の知見を融合した仮説を基に総合的健康施策の社会実験を実施し、地域づくり健康施策パッケージを構築するという健康と地域を核とした新しい学際領域を開拓する。また、本事業では若手研究者養成システムとして、期間内に多分野の若手研究者を中心とした学際的合同研究ミーティングの実施、国内・国際シンポジウムの開催を行う。





【研究内容】
本プログラムでは、総合特区申請に向けた準備研究と位置づけ、下記のそれぞれのテーマについて具体的な研究計画を構築するための検討を行う。また、若手研究者育成のために、若手研究者(ポスドク、大学院生)のコーディネートによる多分野での学際的な研究ミーティングやシンポジウムも併行して開催する。

@
地域において高齢者が健康で生活機能を維持でき、住民間のつながり強化(ソーシャルキャピタル)がもたらされる新しい都市像の具体化(久野班)
(検討項目)さまざまな地域性を持つSWC所属の全国8都市(新潟県見附市、三条市、新潟市、福島県伊達市、岐阜県岐阜市、大阪府高石市、兵庫県豊岡市、埼玉県さいたま市)を研究フィールドに、予備調査として8000名の成人住民を対象に郵送法による調査を実施。
 1)健康状態に住居環境、ヘルスリテラシー、ソーシャルキャピタル、交通網等がどのような影響を与えているかの検討とヘルスリテラシー育成のプログラム開発。2)日常生活において自動車利用を減じ、自然と歩くまちの都市像を構築するために住民の行動変容を可能とする社会的要因及び都市工学的要因の検討。3)歩けるまちづくりの先進地であるドイツ、オランダにおける政策責任者へのインタビュー調査。

A
地域健康づくりにおいて根拠に基づく健康施策立案&推進を可能とする情報基盤としての「健康クラウド(EHR)システムのあり方の構築(北川班)
(検討項目)情報分野におけて近年注目されている概念の一つとして、サイバーフィジカルシステム(Cyber-Physical System)がある。これは、物理世界である実世界で生じている現象をリアルタイムにセンシングしてクラウド環境等のサイバー世界に取り込み、潤沢な計算機資源と膨大なデータ資源等を有機的に用いた高度な分析を行い、さらに、その結果を実世界に迅速に反映することで、スマートな人間活動や社会を実現しようというものである。本プログラムでは、サイバーフィジカルシステムの概念に基づき、健康クラウドの設計を行う。また、扱う対象が健康・医療情報というプライバシーの高い情報であることから、生データの秘匿性を保ちつつデータ分析を行うプライバシー保護データマイニング等の先端的情報技術の活用についても検討する。

B
ナーバスな個人情報を取り扱う健康クラウドを自治体に展開するための認証制度設計 (西尾班)
 
(検討項目)サービスを科学的に捉えようとする試みは、たとえば、サービス・サイエンスといった名称で全世界的に試みられている。しかし、その内容は、サービスのある限られた側面に関するデータを、従来の統計モデルリングや最適化等の数理手法を適用して解析したものが中心である。当該領域における従来の研究では、サービス実態に即した概念規定、サービスに関与する多くのステークホルダーの影響、サービスの品質評価や消費行動における社会学的・心理学的メカニズム等に関する洞察が極めて不十分である。それゆえに、解析結果を、現実の社会システムのデザインやビジネス化に応用することが困難であった。
そこで本研究で開発される「健康クラウド」は、医学、公衆衛生、スポーツ科学、社会学、心理学、消費者行動論等の知見を結集し、生活者の健康状態と行動に関する定量的なデータだけでなく、健康行動に影響する社会・経済的要因や個人のライフスタイルや価値観といった心理的要因に関するデータも収集する。それらは統計や最適化等の数理手法やコンピューターサイエンス技法を解析の手段として活用するものの、「仮説」をもってそのメカニズムを多面的に解明しようとするものである。その点で、従来のサービス・サイエンス的なアプローチとは全く異なる。具体的には、1)健康サービスの品質評価システムの開発(基本コンセプトの設計、品質評価モデルの開発、ビジネス化と組織評価モデルの開発)、2)規格・認証制度設計(健康サービスの規格化、認証制度の設計、運営体制の構築)、3)システム・サポート(知財管理体制の構築、個人情報保護や公正取引のための体制づくり、推進のための人材教育)に関する予備的検討を行う。

【研究班全体の実施体制】
  1年以上前から共同研究の準備会が立ち上げられ、定期的な議論が行われている。また、本事業は、自治体との連携が必須となるが、昨年筑波大学に事務局が設置されたSmart Wellness City首長研究会が立ち上げられ、社会実験に向けての各首長との連携も十分にとられている。また、内閣官房、総務省、国交省との連携も図られている。

 


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